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実家に帰ったとき私がしていること。離れて暮らす親のために

実家に帰ったとき私がしていること。離れて暮らす親のために

離れて暮らす親のために、何をすればいいのか。考え出すときりがありませんが、私が実際にしているのは、そんなに特別なことではありません。

月に一度くらいのペースで実家に帰り、一週間ほど滞在しています。今回は、そのあいだに私がしていることを書いてみます。同じように、親が遠くにいる方の参考になればと思います。

月に一度、一週間ほどの帰省

実家までは電車で行きます。行ったら、だいたい一週間ほど滞在します。

行く日を決めるときに、「着いたらまずこれをする」といった決まりは作っていません。一週間いるので、そのあいだに気づいたことをやる、というくらいの気持ちで行きます。

日帰りや一泊だと、あれもこれもと詰め込むことになります。一週間あると、ゆっくり過ごす時間も持てます。一緒にいる時間そのものが目的、という面もあります。

まみぃ

何かをしに行くというより、しばらく一緒に暮らしに行く、という感覚に近いです。

行くたびにしている、庭の手入れ

実家に行くと、たいてい庭に出ています。

季節ごとの植物の植え替えをしたり、雑草を抜いたり、枯れ葉や落ち葉を掃除したり。この時期は落ち葉が多いので、掃除だけでもそれなりの時間になります。

庭の手入れは、親に頼まれてやっているわけではありません。ただ、しばらく手が入っていないと、家の外まわりはすぐに荒れてしまいます。高いところや重いものを扱う作業は、年を重ねるほど負担になります。そういうところを、行ったときにまとめてやっておく形です。

それに、私自身にとってもちょうどよい時間です。仕事を辞めてから歩く機会が減ったので、庭で体を動かすのは気分が変わります。

私がいないあいだも続く、夏野菜のこと

庭の仕事の中で、続けているものがあります。春になると、夏野菜の苗を植えることです。

植えるのは、オクラやミニトマトが多いです。どちらも手がかからず、それでいて長いあいだ収穫が続きます。植えるときだけ私が手をかけて、あとは水やりと収穫だけ、という形にできるのがちょうどよいのです。

いちばんうれしいのは、私が実家にいないあいだも、両親が収穫を楽しんでいることです。今日はいくつ採れた、という話を聞くと、行っていない日々にも実家の暮らしが続いているのだと感じます。

帰る前の買い置きは、日がたつにつれて減っていきます。庭の野菜は反対に、そのあいだも育って、毎日少しずつ採れます。次に帰るまでの日を、少しだけ楽しみにできるものが残っているのは、いいことだなと思っています。

まみぃ

何かをしてあげるより、次に会うまでのあいだに残るものをつくるほうが、うまくいくのかもしれません。

母がゆっくり買い物できる日

実家にいるあいだ、母とは必ず一緒に買い物に行きます。これが、いちばん喜ばれていることかもしれません。

父と母だけのときは、父が車を運転して買い物に行きます。ただ、母は父を待たせていることが気になるようで、ゆっくり見て回れないのだそうです。その日の料理に使うものをさっと決めて、早めに帰ってくることが多いと聞きました。

私がいるときは、母のペースで見て回れます。急かす人がいないというだけで、買い物の意味がずいぶん変わるようです。買う物の中身は、そんなに変わらないのかもしれません。それでも、ゆっくり選べる時間そのものが、母にとっては久しぶりのことなのだと思います。

まみぃ

「手伝う」というより、「気兼ねなく過ごせる時間をつくる」ほうが喜ばれるのだと気づきました。

ちなみに、父から何かを頼まれることは、ほとんどありません。必要なことは自分でやってしまう人なので、私は手を出さないようにしています。

帰る前にそろえておく、日持ちするものと重いもの

帰る日が近づくと、買い物の中身が少し変わります。私がいなくなったあとのことを考えて、次の2つを多めに買っておきます。

  • ・ 日持ちするものとレトルト食品 料理をするのが大変な日に、温めるだけで食べられるものがあると違います
  • ・ 飲み物などの重いもの 運ぶのが負担になるものは、私がいるうちに買っておきます

毎日の献立まで用意しておくことはできませんが、「買いに行くのが大変な日」をいくつか減らしておくことはできます。私が帰ったあとの生活を、少しだけなだらかにしておく、という感じです。

同居している家族がいても、埋まらない部分

実家には、娘も一緒に住んでいます。

ただ、娘は仕事をしていて、休みの日も出かけていて家にいないことが多いようです。同居しているからといって、毎日の暮らしを支えられているわけではありません。

誰かが同じ家にいると、外からは安心に見えます。でも、実際の生活の中では、買い物に付き合う人がいるかどうか、庭に手が入るかどうかといった、こまごまとしたところに違いが出ます。同居しているかどうかだけでは、決まらない部分があるのだと思います。

特別なことをしない、という付き合い方

こうして書き出してみると、私がしているのは、庭の手入れと買い物と買い置きくらいです。介護と呼ぶようなことは、まだ何もしていません。

通院の付き添いについては、別の記事にまとめていますが、そこでも心がけているのは同じことです。全部を代わりにやるのではなく、自分でできることは自分でやってもらう。手を出しすぎないほうが、お互いに気楽でいられます。

月に一度、一週間。多いとも少ないとも言えない回数だと思います。ただ、今の私にはこのペースが続けられる形なので、しばらくはこのまま通うつもりです。

おわりに

離れて暮らす親のために何かしたいと思ったとき、特別なことをしなければと考えてしまいがちです。でも実際に喜ばれたのは、ゆっくり買い物ができる日をつくることや、重いものを買っておくことでした。

できることは、その人の暮らしの中にあるのだと思います。次に帰るのは10月の前半です。庭には落ち葉がたまっているころだと思うので、また掃除から始めることになりそうです。

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